<表紙>
特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク
「みんなで一緒に舞台を楽しみたい!」という願いを叶えるために演劇好きな聴覚障害者と聞こえる人が集まり、シアター・アクセシビリティ・ネットワークを2012年12月に設立して5年が経ちました。
「観劇サポート」とは、ライブで演じられる演劇やライブで進行するイベントを楽しむにあたり、様々な障壁がある人々に対して、舞台内容や、障害等の程度に応じた配慮を「準備」し、障害のあるなし、年齢、国籍等を越え、文化芸術の鑑賞する人たちの可能性を広げるためのサポート手段のことです。
これまでの間、全国各地から観劇を希望する聴覚障害者や、観劇サポートを行いたい劇団・劇場まで、さまざまな相談を受けて参りました。その時々で、知恵を出しながら、また志を同じくする他団体と協力して一緒により良い方法を考え、実践を積み重ねてきました。
この本にはそういった経験や得られた知見を反映させています。
聴覚障害だけでなく、視覚障害、さらに設備面、制作面、予算のたて方など幅広くまとめました。観劇サポートをどのように行えば良いか?を考えるヒントとなれば幸いです。
また、随所に存在する障害、障壁を解消する手がかりとなり、芸術文化をもっと楽しむための参考として供することで、「芸術文化を愛好する仲間」が増え、アクセシビリティ豊かな劇場空間になれば、これに勝る喜びはありません。
2018年3月吉日
2018年に発行した初版は、多くの方にご活用いただき、おかげさまで第2版を発行する運びとなりました。内容を改訂し、チェックリストも付録としてつけました。また電子書籍としてインターネットにて公開します。さらに多くの方々にご活用いただけると幸いです。
2020年2月吉日
特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク
本書で使用する用語「バリアフリー」「アクセシビリティ」について・執筆者それぞれのお考えがあるので、そのまま利用しています。
TA-netは、「バリアフリー:障壁の除去」よりも一歩前に進めた「アクセシビリティ:より多くの人を受け入れる」環境づくりを提案しています。
視覚障害者の中にも、舞台観劇、音楽鑑賞が大好きな方がたくさんおられます。
そんな人たちにとって、観劇・鑑賞に関してのバリアにはどんなことがあるのでしょうか。
チラシ
活字メディアでの情報
ネット等で情報が公開されても…
ネット予約
画像データが中心だったり、文字認証パスワードの入力を要求されたり等、音声ブラウザでのHPのアクセシビリティが悪いため、自力での予約が難しいことが多い。
電話予約
ガイドヘルパーさんと来場する方のバリア
単独行動する視覚障害者にとってのバリア
ではどのような方法で解決できるでしょう?
※各地の視覚障害者協会へのアプローチは、支部・下部組織を持つ全国カバーの団体「日本視覚障害者団体連合会(日視連)」に問い合わせてみると良いでしょう。(詳細は巻末頁参照)
※「点字毎日」「JBS日本福祉放送」NHKラジオ第2放送「視覚障害ナビラジオ」日盲連「JBニュース」
ガイドヘルパーさんと来場する方のバリア
単独行動する視覚障害者にとってのバリア
※待ち合わせ場所は、念入りに打ち合わせ、確認し、本人とスタッフが当日連絡を取り合えるよう、携帯番号も確認し合うこと。
配置スタッフに関して
※このスタッフは、誘導だけでなく、チラシやパンフレット、アンケートなどに関する処理に関してのサポートも行う。
当公演のパンフレットとアンケートについて
以下、さまざまなサポート例を紹介。
<CD(音声)パンフレット>
点字パンフレットと両方あるほうが良いが、どちらかといえば、CDの方が望ましい。視覚障害者のうち、点字がすらすら読める人は1割程度と言われている。 CD版のパンフレットには、キャストの人達それぞれの声でキャスト紹介を入れると、「声の写真」のようになって、役柄と声と役者さんが結びつき、理解度が高まる。
<点字パンフレット>
点字パンフレットの作成は、地元の点字図書館か、地域の社会福祉協議会を通じて点訳ボランティアグループに相談すると良い。
※筆者の所属劇団『バリアフリー演劇結社ばっかりばっかり』でも、点訳を承っております。
<舞台模型>
実際の公演舞台を縮小した模型を作成し、上演前に触ってもらう。同時に舞台の詳細など説明する。
<舞台説明>
上演前に舞台の詳細(舞台の大きさ、セットなど)について説明する。(可能であれば事前舞台説明会を行い、客席に座って実際に舞台を観る時と同じ環境で説明を聞いてもらうととても良い。さらに、その後、ステージツアーを行ない、実際にセットに触らせてもらう時間を取っていただけると尚良い)
また、演劇公演の場合、舞台説明の中に、予め録音した役者の声での見た目の特徴紹介を聞いてもらうことも含めるとより良い。
※録音内容の例:「冬馬ツカサ役の美月めぐみです。丸顔、黒髪のロングヘア、ピンク色のワンピースを着ています」等。
※自由席の場合、中央寄りの席でなくても良いので、なるべく前の席に案内する。生の舞台なので、舞台からの距離が近ければ近いほど内容を把握することができる。足音やちょっとした息遣いまで把握できると、より内容を味わうことができるようになる。
※ただし、音楽イベントでは、必ずしも前でなくても良いので、ご本人に希望をきいて案内する。
サポート例を紹介
<音声ガイド>
台詞の無い部分、無音、視覚で楽しむ場面、場面転換などを、音声ガイドするもの。
客席内で行うと、ガイドの声が他の方にも聞こえてしまう為、別室などで、公演を観ながら、ライブで行うのが望ましい。事前に録音してオペレーターが流すという方法もあるが、映画と違い、舞台のタイミングに合わせるのはとても難しい。
通し稽古段階から、台本と合わせて、視覚情報のガイドを作成していく。
台本以外にも前説など作成しておくと、上演前にイヤフォンの聞こえの確認も出来るので良い。
音声ガイド担当者はマイクとFM送信機を使って放送。お客様には、ポケットラジオの周波数を合わせてイヤフォンで聞いてもらう方法。
※会場によっては、同時通訳用のシステムを応用できることもある。
舞台の音声ガイドのコツ
(写真説明)
女性と男性の2人が立っている。2人の後ろに字幕が映っている。
女性)本作唯一の全盲役者美月めぐみと申します。
男性)鈴木大輔でございます。
(キャプション)
劇団「バリアフリー演劇結社ばっかりばっかり」では、視覚障害者のお客様向けサポートだけではなく、聴覚障害者のお客様向けサポートとして吹き出し型の字幕にも取り組んでいる
(写真提供)バリアフリー演劇結社ばっかりばっかり
※これは、開演前に確認して、最初から渡さないという方法もある。
基本的に「お手伝いしましょうか?」と声掛けし、何に困っているか聞きましょう。
誘導が必要な場合、どちらの手で掴まると楽かを聞いて掴まってもらいます。むろん無言で腕を差し出しても相手は見えないので、軽く触ってもらいこちらの存在を知らせます。
肘に掴まってもらうのが基本ですが、身長差がある場合は肩や手繋ぎなど臨機応変に。
相手の半歩先、やや体に重なるようにすると、狭いところも通りやすく、対向者からの危険を未然に防げます。
肩はまっすぐ、無駄な力は抜き普通に歩きましょう。
スピードは相手に合わせて。引っ張られていると感じたらやや速度を落とし、押されていると思ったら少し速歩きに変えましょう。
方向転換の加減は、肩の角度でだいたい伝わるので、いちいち声掛けしなくても良いですが、段差、凸凹、階段、スロープなどは、昇りか降りかなども込みでしっかり伝えて下さい。
階段は特に、手前で止まり、相手が白杖で足元確認をしたのを目視してから動きましょう。ただし、一段ずつの高さは、やはり誘導者の肩の動きが伝わるのであまりゆっくり昇降すると却って危ないです。
細いところの誘導は、相手と完全に前後に重なる、ふたりでカニ歩きにするなどで対処しま す。「細いところを通るので重なって歩きます」「細いところが終わったのでカニ歩きを終わります」など伝えられたらベターです。
エスカレーターはベルトに触らせるなど、相手のやり方に合わせられるようにコミュニケーションを綿密に。
使用後の手洗いまでの誘導は腕の外側に触れれば、汚れた手で捕まらずに着いて来てくれる…はずです。
一時的に離れるときにも、必ず声を掛けましょう。傍に誰もいないことに気付かず話し続けてしまうと、大変気まずい想いをしてしまいます。
もちろん、戻ってきたときにも必ずその旨を伝え、安心感を持ってもらいましょう。
その他、黙って歩いていると不安になるし、目から入る情報を提供することも大切なので、周りの風景や目についた物、あるいはこれから観劇する物、観劇した感想などを語り合ったりして、積極的にコミュニケーションを図って下さい。(おしゃべりが好きではない人には、それなりに…)
98年の公演から、長い間、視覚障害者のお客様を対象とした事前舞台説明会に取り組んでいらっしゃる加藤健一事務所様。
今回は主宰の加藤健一様に、直接お話をお伺いする機会を頂きました。
お芝居の内容が分かりやすいと言って、舞台説明会に取り組む以前から、観に来て下さる視覚障害者の方が多かったのですが、その中で、観劇後に衣装の色を教えて欲しいという質問を受けました。
目の不自由な方でも、色の知識があり、色が分かるという事を知り、当事者の方達とお話して色々教えてもらううちに、これは事前の舞台説明会をやらなければと思いました。
以前、俳優教室という俳優の養成所を行っていたので、その時の生徒、卒業生などに声をか け、ボランティアでお願いしています。まずは舞台説明会用の台本作りから。舞台説明会と言っても、30分近くずっと座ったままでいて頂く訳ですから、しっかりしたものを作らなければなりません。
楽しい見世物として、本編の他におまけもあると捉えて頂くよう、稽古の時から一緒に入り工夫しながら作ってもらっています。
色をお伝えするのはそんなに難しくないのですが、場面転換がある時や、台詞が無くても客席から笑いが起こるシーンなどもある為、どこまでを伝えて、どこまでがネタバレにならないかなどが、とても難しく、常に悩みどころです。
そのギリギリのところまで工夫して説明しています。
もちろんです。舞台説明会をご覧になったお客様からの反響がとても良いので、これからもたくさんのお客様にお越し頂けるよう続けて行きたいと思います。
2017年10月29日(日) 加藤健一事務所内にて
加藤健一事務所お問合せ
電話番号 03-3557-0789
ホームページ http://katoken.la.coocan.jp
(写真説明)事前舞台説明会の様子 ナビゲーター 梅田 笑さん
2014年3月本多劇場公演
加藤健一事務所VOL.97「あとにさきだつうたかたの」より
聴覚障害者にとって、劇場へ行くことは大変勇気のいることです。それは、幾つかの壁を乗り越えなければ、気持ち良く観劇をする、というゴールにたどり着けないからです。どのような壁があるのか、それを解決するにはどのような方法があるのか、見ていきましょう。
聴覚障害のある人が、おもしろそうな公演のチラシを見つけました。テレビでファンになった俳優が出演しています。観たいなと思った時にどんなバリアがあるでしょうか?
公演終了時間などを問い合わせたい時に、問い合わせ先が電話番号のみでは連絡ができない…。
電話が使えない聴覚障害者にとって、電話番号だけだと、困ってしまいます。
インターネットを使いこなせない高齢者は電話で予約しますが、聴覚障害を持つ高齢者は出来ず。
遅れそう!連絡したいが、電話番号のみでは連絡ができない…。
カフェコーナーでコーヒーを頼んだら、スタッフが何か言ってきましたが…。物販コーナーで見ていたら、スタッフが何か話しかけてきましたが…。
自分の席を見つけられずマゴマゴしていたら、スタッフが話しかけてきましたが…。
ロビーでスタッフが何か言っていますが、聞こえません…。
ではどのような方法で解決できるでしょう?
安いもので十分です。裏紙活用という方法もあります。
名古屋市文化振興事業団が、劇場のコミュニケーションボードを作成しているほか、様々なコミュニケーションボードの例が出ていますので、参考にしてみてください。 http://www.bunka758.or.jp/barrierfree.html (c)名古屋市文化振興事業団
案内スタッフはメモ帳を持ち歩くことをお勧めします。必要な時にサッと筆談ができます。また、客席案内図があれば、それを指差してご案内することもできます。
アナウンスの内容があらかじめ決まっている場合は紙に印刷したものを渡す方法があります。さて、いよいよ幕が開きます。上演内容はどのように伝えたら良いのでしょうか?聴覚障害者を対象としたサポートには、字幕、手話通訳、ヒアリングループなどがあります。
以下、さまざまなサポート例を紹介します。
字幕
舞台の進行に合わせて、オペレーターが操作し、セリフや音楽、音の情報(たとえば雨の音、ノックの音など)を入れた文字を手元の端末やスクリーンに表示。
(写真説明)大本山増上寺 薪能にて眼鏡型機器に字幕を映している
手話通訳
舞台の進行に合わせて手話による通訳を行います。衣装などを工夫し、舞台の雰囲気を損なわず、出演者の一人として位置づけられます。作品を理解すること、事前の十分な稽古が必要です。
ヒアリングループ
客席の下に敷設し、音響設備とつなぎ、補聴器を通して聴きやすくします。常設だけでなくポータブル型もあります。
(写真説明)ダイニングテーブルと椅子に男性と女性が向かい合って座っている。男性の後ろにもう1人女性が立って手話通訳をしている。
「メゾン」(2020年上演) 撮影:大澤邦彦(ラズフォト)
遠赤外通信システム
天井から吊るし、受信機に飛ばすもの。専用の受信機が必要。軽度難聴者向けと言われるが、導入は広がっている。
体感音響システムなど
椅子やクッションなどで振動を伝えるタイプです。ボディソニックや抱っこスピーカーなどがあります。
パイオニア 「身体で聴こう音楽会」 http://pioneer.jp/corp/society/contribution/music/karadadekikou/ (c)パイオニア株式会社
(c)株式会社エンサウンド
台本貸し出し
稽古で利用しているものをコピーして貸し出し。ただし、上演中に暗くて読めない、ネタバレ、などのデメリットがあり、あくまで緊急避難的なものと考えます。
再構成台本
聴覚障害者に貸し出すことを想定し、ト書きなど観劇に直接関わらない情報は削除して見やすくするとともに、音楽や効果音などの音に関わる情報や、俳優の特徴などを示してどのセリフを誰が言っているのかわかりやすくするなど、構成し直したもの。
事前説明会
作品のあらすじや見どころを開演前に説明。ろう者が手話で説明することもあります。
告知
どんなサポートを実施するのかを明記することが大切です。またせっかくのサポート情報が当事者に届くように、関連団体等(巻末頁)を通じたPRも積極的に行いましょう。 最近では、出演者のコメントなどを撮影した動画を作ってウェブサイトに出しているところもあります。字幕をつけてもらえると、行きたい気持ちが増します。今は簡単に字幕を作れるようになっているのでチャレンジしてみてください。
決まった言い回しがある場合は、紙などに記載または印刷して掲示しておくとわかりやすいです。
また、非常時の際も、固定的な言い回しをあらかじめ準備しておくと、すぐに示すことができ、安全に誘導ができます。
聴覚障害者は、聞こえの状態やコミュニケーション手段は一人一人違うと言われるほど多様です。
観劇にあたって、幾つかのサポートの選択肢があり、自分に合ったものを選べるということが一番望ましい形です。しかし、まずはそれぞれの事情に合わせて、できる範囲で工夫しながら「初めての観劇サポート」に取り組んでみましょう。大切なのは、「楽しんでほしい!」という気持ちです。
1960年には800席を超す大規模ホールが全国に80程度しかなく、多くの地方都市には大規模ホールがひとつもないという状況にありました。以降、1980年代を中心に多くの市民会館や芸術劇場が建設されました。当初、劇場に求められる評価は「いかに良質な芸術を市民に届けるか」といった『芸術的評価(価値)』でした。その後、経済成長が停滞しつつあった1990年代後半以降、行政の無駄遣いに対する批判を背景に地方自治法の改正による指定管理者制度が導入(2003年)され、集客数や稼働率、達成度、効率性、実績評価、必要性、公平性、収益率といったあらゆる評価が指標となり、『経済的評価(価値)』も劇場に求められるようになりました。
そして現在、劇場に求められる役割は、地域社会にかかわるすべての人が文化や芸術を通じて交わることのできる拠点的役割「社会包摂機能」であるとされています。劇場は、『社会的評価(価値)』が求められる時代になったのです。
2014年4月、障害者差別解消法が施行され、「障害を理由とする差別の禁止」と「障害者への合理的配慮」が法律で定められました。2015年5月には、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けて「文化芸術の振興に関する基本的な方針」(第4次基本方針)が閣議決定され、我が国が目指す文化芸術立国の姿として“あらゆる人々が鑑賞や創作に参加できる機会がある”という一文が掲げられています。
劇場は、「だれもが参加できる環境づくり」を実践していかなければならないのです。
障害者差別解消法が劇場に与えたインパクトは非常に大きかったと思います。それまでは “「障害」とは障害者自身にある心身の機能障害であると捉えられてきた「医学モデル」か ら、「障害」は心身に機能の障害のあるひとと社会の関係のなかの「環境」や「態度」にあるという「社会モデル」に大きく変わった”のです。
アメリカのADA法(Americans with Disabilities Act)の成立に関わったといわれるトム・ハーキン元上院議員も同じようなことをいっています。
1990年にADA法が施行されたとき、トム・ハーキン氏はたった一枚の絵(inspired by a public school student with disabilities)によって、これからは考え方を変えなければならない、ということを説いてまわりました。医学的視点から社会的視点にシフトしていかなければならないということです。例えば、視覚障害者を社会的視点で見ると「移動障害者」であり「情報障害者」であるといえます。移動障害者は、視覚障害者だけでなく肢体不自由の人や妊婦、ベビーカーを押している人や高齢者も移動障害者であるといえます。情報障害者も同じで、知的障害者や聴覚障害者、小さな子ども、言語的少数派、貧困層なども情報障害者であるといえます。こうして見ていくと、ある状況や観点から見れば、子どもや老人、妊婦も何らかの障害者であるといえます。
これからは「障害者のために」という考え方から「社会に障害を感じる人のために」という考え方に変えていかなければならないのです。
劇場に求められる役割が変わり、法律によってその概念が大きく変わった今、劇場は「だれもが参加できる環境づくり」を実践していかなければなりません。
しかし、2014年、公益社団法人全国公立文化施設協会が公表した「劇場・音楽堂等における障害者対応に関する調査報告書」によって、劇場が抱える問題が表面化されました。多くの劇場は、「ハードの問題」「人員不足の問題」「職員ノウハウ不足の問題」によって障害のある人たちを迎えることが難しいという考えを持っていました。最大の問題は、“各施設のハード/ソフト面における全体的な整備が進んでいない結果が出ているにもかかわらず、障害者対応において、ほぼすべての施設が「問題なく対応できた」という回答を寄せている”ことです。また、2017年の日本財団パラリンピックサポートセンター(パラリンピック研究会)と国際障害者交流センター(ビッグ・アイ)による調査報告書「障がい者の舞台芸術表現・鑑賞に関する実態調査報告書」でも、“「障がいのある人は鑑賞に訪れている。特に対応で困ったこともなければ、要望も上がってきていない」という劇場・文化施設側の偏った認識が潜んでいる”という考察があります。
ここに潜んでいる問題は、個人的に対応できる障害者だけが劇場に来ていたり、そもそも来場することを諦めていたり、相談や配慮を申し出る窓口や環境がないということが想定されま す。障害者であるということが理由で、劇場に訪れることが制限されているという大きな問題が隠れているのです。劇場側は、まずそのことに気付く必要があります。
劇場がまず取り組まなければならないことは「知る」ことです。多様な障害のある人のことを「知り」、その人にとって劇場に潜んでいる障壁が何なのかを「知る」ことからはじめなければなりません。このことを怠り、見様見真似で情報サポートだけを実施したために「その情報サポートを必要としている人がひとりも来なかった」、「来たけど怒って帰ってしまった」といった結果に陥ってしまった話を実際に聞いたことがります。
次に取り組むことは、「理解を広める」ことです。一部の担当者だけが障害のある人も参加できる環境づくりについて理解しているのではなく、事業を実施していくうえでかかわるすべての人に理解を広めることが大切です。具体的にいえば、広報や制作スタッフ、出演者や舞台技術スタッフ、当日の運営スタッフ、来場者です。鑑賞サポートを実施していくためには、出演者や舞台技術スタッフの理解が必須です。障害のある人たちに情報を届けるためには、広報スタッフの理解が必須です。
そして、当日の運営で大切なことは「コミュニケーション」です。法律や概念の話をすると、「障害のある人からの要望は断ってはいけない」という極端な考えにたどり着いてしまう人がいます。大切なのは、自分たちのできることと、できないことを事前にしっかりと把握して対応することです。対応できない場合は、その理由をきちんと伝えたり、代替え案を提案できるコミュニケーションが大切になってきます。
これらのことをうまくリレーションさせていくことで、だれもが感動を共有できる交流スペースに劇場を変えていくことができます。
基本的には、演劇・舞台芸術の企画の最初の段階から、鑑賞環境をどう整えていくのかを検討し、そのための予算を計上していく必要がある。
企画の全貌が決まった後から字幕や音声ガイドなどをつけようとしてもできないこともある。
(例)
*情報の拡散の方法
インターネット、ハガキ等の郵送、FAX、SNSを通じた音声案内、手話動画による発信等
*雑役務
手話通訳者 要約筆記者 副音声ガイド者 点訳者 看護師
*印刷製本費
点字印刷
*業務委託費
字幕制作サービス等
※地域、団体、企業によっての差もあります。
1名あたり1h5,000円~基本的に1時間を超える場合は2名体制
1名あたり1h3,500~5,000円基本的に複数体制、3名以上~
1h50,000円~
※企業によって様々 ※遠隔情報保障全文字幕 機材費別
1公演あたり 100,000円~(稽古・リハーサル立ち合い、台本作成別途)
※公演時間・内容によって変わる
A4 1ページ 200円~
※文字数による A4 1文字 10円~ ※その他基本料・構成料などは別途
*すべてを一度にやろうとする必要はない。できるところから、例えばまず1つ、音声ガイドから取り組むなど、企画の段階から考えてみるのが大事。
(解説)視覚障害者や知的障害者、肢体不自由のある人など、障害の種別や程度によっては一 人で行動することが困難なため、ガイドヘルパー(同行援護従業者や行動援護・移動支援従業者)を手配する人がいます。これらを手配するためには、各市町村にサービス等利用計画案を作成して提出しなければなりません。これらのことを考慮すると、観劇に行くかどうかを決めるのは1か月前には決定しておく必要があります。
(解説)舞台公演をつくるには準備が必要です。鑑賞サポートも同じで実施するためには準備が必要です。手話通訳者や字幕スタッフ、音声ガイドスタッフには、1週間前を目途に情報を提供し、準備や確認、練習できる時間を用意します。
(解説)舞台上に手話通訳者が立つことや字幕が出ること、音声ガイドがあることなど、いつもと違う舞台の様子を事前に出演者に伝え、理解してもらいます。
(解説)手話通訳や字幕、音声ガイドといった鑑賞サポートの準備を進めるための資料を提供してもらいます。聴覚障害のある人への台本貸出しを実施する場合は、その許可も事前に取っておきます。
(解説)障害のある人の中には、自分の意思とは関係なく声が出てしまう人もいます。聴覚障害のある人の拍手は両手を振るしぐさなので、パチパチと音はなりません。補助犬が最前列に並んでいることもあります。安全を優先した結果、普段より客席が明るいこともあります。これらのことを出演者に伝えて、対応方法や許容範囲を相談しておきます。
(解説)ガイドヘルパー(同行援護従業者や行動援護・移動支援従業者)を1ヶ月あたりに利用できるサービス時間(支給時間)はそれぞれの市町村によって定められています。例えば、東京都世田谷区の場合、全身障害者の支給量基準は93時間です。視覚障害者、知的障害者、精神障害者は50時間です(2017年12月現在)。終演時間が延びてしまうと途中でも帰らなければならない人もいます。
(解説)鑑賞サポートの有無や実施する鑑賞サポートの情報は、障害のある人にとって「行く」か「行かない(行けない)」を決める大きな判断基準です。 また、障害のある人の中には情報が届くまでに時間のかかる人もいます。
(解説)イベント情報や会報誌の内容を音声情報に変え、CD で届けている劇団があります。チラシを工夫することだけにとらわれず、その人に届く情報スタイルを考え、実施します。
視認性の高いフォントサイズを採用し、すべての漢字にルビを振り、さらに点字付きのユニバーサルデザインを目指した結果、かえって情報が伝わりにくいチラシになってしまうこともあります。簡単チラシや点字チラシなどは別途作成します。
(解説)電話やファックスといったアナログの方がいいという方もいます。メールや応募フォーム、窓口対応など、多様な窓口を開設すると同時に、対応方法(応対要領)を決めておきます。
(解説)障害の種別はとても多様で、また、同じ障害でも程度はさまざまです。同じ障害だからといて、同じ配慮を求めるとは限りません。その人にとっての必要なサポートが何なのかを確認します。
(解説)必要なサポートが手話通訳の人には手話通訳が見えやすい座席を配席します。あるいは、その席から見えやすい場所に手話通訳者を配置します。必要に応じて、一定の期間座席を確保しておくことも必要な場合があります。
(解説)鑑賞サポートは舞台制作の外にあるのではなく、同じグループであると認識することがとても重要です。舞台スタッフと同じように鑑賞サポートスタッフにも情報を発信して共有します。当然、その情報が変更されれば変更内容を鑑賞サポートスタッフにも伝えます。
(解説)舞台スタッフが鑑賞サポートについて学び、理解することが必要です。一方、鑑賞サポートスタッフも舞台のルールを理解することが必要です。そして、これらを繋ぎコーディネートする制作スタッフの役割が重要になってきます。
(解説)障害のある人たちも劇場に足を運んでもらえるようにするには、理解を広げる取り組みを継続的に実施していく必要があります。当日運営では、障害のない人たちにも鑑賞サポートについてアナウンスし、障害のある人への配慮が「特別扱い」としてとらわれないようにします。
(断るコミュニケーション、ことば以外のコミュニケーション)
(解説)言葉によるコミュニケーションが難しい場合は、筆談やジェスチャー、ボディーランゲージによるコミュニケーションも活用します。
(解説)計画→実行→評価→改善のサイクルを確立していくためにも、来場者の生の声はとても大切です。アンケートに記入することが困難な人には代筆やヒアリングで対応します。
シアターアクセシビリティを高めるには、なによりもまず施設面での配慮が重要である。劇場は実演芸術を鑑賞するための施設であるから、演技がよく見える、音が良いといった鑑賞条件の良さが最優先であり、非日常的なハレ舞台としての華やかさといった要素も大切である。しかし、それ以前に安全であることはもちろん、安心して過ごせる施設であることが求められ る。
劇場、音楽堂等は愛好家や文化芸術活動を行う一部の市民のものと思われがちだが、これからの劇場は「年齢や性別、個人を取り巻く社会的状況等にかかわりなく、全ての国民」のための場でなければならないし、その実現に向けて、すべての人々を受け入れることが出来るように設計段階から十分に配慮しなければならない。
劇場の設計には建築基準法、建築安全条例、消防法、興行場法などのさまざまな法律や条例があり、座席の前後間隔や通路の幅、扉の位置や客席の明るさ、客用トイレの便器数などが、細かく規定されている。さらに、スロープの勾配や車いす席の設置など、福祉のまちづくり条例やバリアフリー法によって、障害者にとっても利用しやすい施設とするための規定がある。 舞台の鑑賞条件を良好に保ちながら、これらの法規制や障害者対応を行うことは容易なことではなく、矛盾する要求をいかに解決するか、様々な知見や先進事例、最新設備機器の情報などを収集しながら、建築家は試行錯誤を繰り返し、最良の施設づくりに取り組んでいるところである。
多層の客席構成で、両サイドにバルコニー席を持つホールが増えている。
一階席のサイトラインを良好に保つために、一階席の勾配をきつくすると、上階の客席勾配をさらにきつくしなければならない。そのために、客席通路階段の段数が増え、一列の間に3段の階段があるという例もある。
縦通路に手すりを設ける、正面の手すりを高くする、といった安全策や心理的な不安感を解消する方策がとられているが、これらの手すりは客席から舞台への視線を遮ることもあるため、さらなる検討と改善が必要である。
また、上演中の入退場や急いで移動する観客のために、暗い客席内でも安全に歩行できるように、通路の階段の縁は分かりやすく色を付けるなどの配慮が求められている。
サイドバルコニー席からは舞台全体を見通すことは難しく、特に上階で舞台に近い席からは、舞台の一部分しか見えない例もある。舞台に近いという利点はあるものの、舞台全体が見えないため、クレームになりやすい。また、身を乗り出して舞台を見ようとすると、後方の観客のサイトラインを妨げてしまうことになる。
上階の客席やサイドバルコニー席は、客席の一体感を高める重要な要素ではあるが、劇場の機能面からも鑑賞条件が悪く、安全・安心の面からも、十分な対応ができていない。運営面も含めた改善策の検討が必要である。
客席内の車いす席は、建物入口あるいは身障者用の駐車場から段差なく、最短距離で到達できる位置が最も適しているため、ほとんどの劇場では、一階席の後方あるいは中通路の前後となっている。近年では、演目によって違う場所からも鑑賞したいという要望もあり、車いす席を複数設けて、選択できるようにしている劇場もある。
そのために、車いすで上階席にも行けるようにエレベータを設置し、上階席でも段差なしで客席内に入れるように計画している。
ポップス系のコンサートでは、観客は立ち上がって鑑賞することが一般的であるため、その場合でも舞台が見える位置に車いす席を用意することが求められる。
同時に、車いす席から舞台がきちんと見えることは当然であるが、車いす席の後方客席からのサイトラインを妨げないように客席配置を検討しなければならない。平成27年に公示されたバリアフリー法の追補版では上記の設計要件が参考図で示されている。
近年建設された公立ホールは、難聴者向けの補聴装置を取り付けている。従来の方式は、ループアンテナを客席の床下に敷設するヒアリングループシステムが採用されていた。この方式はアンテナ線に囲まれたエリア内では難聴者の補聴器で舞台の音声がクリアに聴こえる。最近ではFM電波や赤外線を使用する方法が開発されており、サービスエリアが広いことや工事が簡単なこと、機器の更新に対応しやすいことなどから、これらの方式が採用される事例が増えている。
オペラや来日ミュージカルなど、原語で上演される作品の場合には、字幕を表示する装置が置かれる。舞台の上部にプロジェクションする方式や両サイドにLEDの電光表示板を置く方法があるが、舞台の視覚的演出の妨げにならず、かつ見やすい位置に、見やすい明るさで提供できることが求められる。
これは難聴者にとっても鑑賞の助けになり、さらに状況の説明など、より多くの状況が提示されることが望ましい。また、文字情報を不要とする人びとの鑑賞の妨げにならない方法として、個人にのみサービスできるような小型の機器や眼鏡の中に文字情報を映せる機器などの開発も進んでいる。
作品に関する文字情報は著作権とも関連するため、機器の整備と共にソフト面の問題も解決しなければならない。日本の上演方式を考えると、劇場側で整備するよりも、上演側で機器も含めて用意するほうが実情には適合しやすい。
分かりやすさは利用を促進する大きな要因であり、サインの果たす役割は大きい。設計者には嫌われがちだが、当初からインテリアの一部としてデザインに取り込んでおく必要がある。 また、情報の提示方法は、文字だけではなく、ピクトグラムやディジタルサイネージなど、だれにでも分かりやすい工夫が求められる。
国際化社会の中で、外国人の来日も増えており、外国語対応も求められている。英語だけではなく、中国語、韓国語を加えた4か国語に対応する例も増えてきている。
TEL:090-3818-6424
http://www.bakkaribakkari.net/
視覚障害者の観劇サポート全般のご相談を承ります。点字資料の作成もお手伝いします。
〒169-8664 東京都新宿区西早稲田2-18-2 日本視覚障害者センター
TEL:03-3200-0011 FAX:03-3200-7755
点字ニュースの発行、資料の点訳・音訳、各地の視覚障害者協会の紹介、等。
〒530-8251 大阪市北区梅田3-4-5 毎日新聞社内
TEL:06-6346-8388 FAX:06-6346-8385
http://www.mainichi.co.jp/corporate/tenji.html
点字の週刊新聞の編集・発行。
〒534-0026 大阪市都島区網島町4-12
TEL:06-4801-7400 FAX:06-4801-7401
視覚障害者向け番組を放送。(有線放送・ネットラジオ)
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アクセシビリティ豊かな劇場をつくるためには、劇場を訪れる利用者の視点から考えることが大切です。
どのような障害があるのか、そのバリアを取り除くにはどうしたらよいかについて考え、当事者と意見を交換しつつ、できることからひとつひとつ、解決していけばよいと、私たちは考えます。
劇場は、住み慣れた街の日常の延長線にあり、人と人を結ぶ場所です。誰もが障害を感じることなく行き交い、そこで観た喜怒哀楽を通じて生きる喜びを感じ、また日常に立ち還る。
この本は、そんな劇場への第一歩です。すべての劇場関係者にとって、ささやかな、しかし、大きな一歩を踏み出す力となることを願います。
2018年3月吉日発行 2020年2月吉日改訂
鈴木京子(国際障害者交流センター ビッグ・アイ プロデューサー)
伊東正示(株式会社シアターワークショップ 代表取締役) 鈴木京子(国際障害者交流センター ビッグ・アイ プロデューサー) 南部充央(株式会社リアライズ バリアフリーイベントディレクター) 美月めぐみ(バリアフリー演劇結社ばっかりばっかり 女優)
加藤健一事務所 株式会社エンサウンド 公益財団法人名古屋市文化振興事業団 パイオニア株式会社
廣川麻子
Theatre Accessibility network「みんなで一緒に舞台を楽しもう!」
E-mail: info@ta-net.org
FAX 020-4664-1221
日本印刷株式会社
安藤美紀(特定非営利活動法人MAMIE(マミー)代表)
公益財団法人日本財団の助成により発行
文化庁委託事業「障害者による文化芸術活動推進事業(文化芸術による共生社会の推進を含む)」により改訂
<裏表紙>
2018年3月 発行 2020年2月 改訂
企画 特定非営利活動法人 シアター・アクセシビリティ・ネットワーク 監修 鈴木京子(国際障害者交流センター ビッグ・アイ プロデューサー)制作 NPO法人MAMIE
本書は2018年3月に公益財団法人日本財団の助成により発行しました。
2020年2月 文化庁委託事業「障害者による文化芸術活動推進事業(文化芸術による共生社会の推進を含む)」により改訂発行するものです。